元歌舞伎ホストが社会復帰を目指すログ

毒にも薬にもならない思考の発露。

「作曲家サーフィン」のすゝめ。

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すゝめたい。オレは諭吉先生ばりにすゝめたい。「いや、君。それはちょっと、すゝめ過ぎじゃないか?」って嗜められる程度にはすゝめたい。

 

 

僕、「作曲家サーフィン」(と自分で勝手に名付けている行為)がスゴく好きなんですよ。

 

 

何言ってんだコイツっていう感じだと思うんですけど、まず、その「作曲家サーフィン」っていうのが何なのかというと、字面通りのことで、





 

・好きな作曲家が書いた曲を芋づる式に調べて聴いていく

 



 

というだけの極めてベーシックな行為でしてまぁ芋づる式という表現が何か良くないんですけれども。





例えば、良い小説を読んで、めちゃくちゃ面白かったとしたら、多分その作家の他の著書も読んでみたいって思うじゃないですか。で、調べるじゃないですか。読むじゃないですか。ファンになるじゃないですか。



 
それの作曲家バージョンですね。でもこれが、作曲家バージョンとなると、やっている人が意外と少ない気がするんですよ。

 


シンガーソングライターとか、自分達で曲を作っているバンドとかだと割と簡単じゃないですか。アルバムとかを追っていくっていう手段があるから。

 

でも、作曲家の場合はそこまで名前が前面に出てこないし、その作曲家を中心としたコンピレーションとかもそんなに出て無いので、実は好みの作曲家の他の楽曲ってチェック出来てないことが多い気がするんですよね。

 

折角自分の好みドンピシャ!みたいな曲を作ってくれているのに、知らないことが多いっていう。愛されてるのに愛せないみたいな。手の届く距離まで近付いて来てくれているのに掴めないみたいな。とにかくこれはお互いにハッピーじゃないと。




実際、自分の好きな曲を書いている作曲家さんが作った他の楽曲って言うのは、やはり自分の好みを捉えていることが多いです。経験上。

曲調とか、編曲のセンスがハマっているんでしょう。本当面白いくらいに自分の好みの曲と出会います。
 
「やっぱこの人の作る曲良いわ。天才かな?」というトランス。
 
 
 
更に、その作曲家が意外なアーティストとかに楽曲提供とかしてたりして、そしてそれが謎の良い曲だったりしてね。いつの間にか知らないアーティストと曲に出会ってたり。良いことづくめです。



僕に関して言えば、最早サーフィンどころか大分沖まで流されてますからね。

ラジオとか有線とかで流れている曲を聴いて、「あれ、この曲聞いた事無いけど、(メロディ)ライン的に◯◯さんじゃね?」で、実際当てますから。もはや勝手に同業者目線入ってますから。




ちなみに、僕が好きな作曲家の方は、コモリタミノル氏であったり、今をときめく前山田健一ヒャダイン)氏であったり、バリバリポップなチューンを書いてくれる人なんです。



ということで、良い曲と出会ったらまずは作曲者を調べてみると。
 
 
「この曲を作ったジーニアスは誰なん?」
 
 
まず頭の中で唱えてみると。




現代には幸いにしてそういった情報は溢れていますから。wikipediaなども有志の手によって手厚く編集されていますから、割と精度の高い情報が手に入ります。



そういう感じで、自分の好きな音楽というのをとにかく掘り下げまくって、段々尖っていって、エッジが効き過ぎて、しまいには世の中の潮流から外れて、いつの間にか周囲から石を投げつけられる存在になっていると。気をつけろ!!
 
 
 
 
(この項:了)